しがリーマンの左遷万歳!

しがないサラリーマンのどこにでもある話

ストレス

軽い衝撃でした。先日、内勤事務をしている女性の派遣社員、といっても在籍20年以上のお局様なんですが、お偉いさんに向かって「来年はこの部署にいないだろうし」とのたまっているのが漏れ聞こえてきました。

私は一瞬、仕事の手を止め、発言者がその女性であることを確認すると「大して責任もないし、毎日定時で帰るくせに、異動直訴とは上等だな」と内心、思いました。

しかし、よく考えてみると、そんな風に思うくらい空気が澱んだ職場で、誰もがストレスを抱え込んでいるんだなと認識しました。ストレスとは仕事の軽重には関係なく、休みが取れないくらい忙しくても、居眠りしそうになるくらい暇でも、その環境に順応してしまったあげく、人間関係や妬みなど、何かと不満を感じて溜まっていくものだと分かりました。

ええトシして、いまだ平社員の私は、大きな会合の時に道案内の看板を持って道に立つことがあります。遠方から来たお客様が迷わないように案内する、小学生、いや、サルでもできる仕事です。

しんどいか、しんどくないかと言えば、立ちっぱなしで下半身が疲れることを除けば、あんなに簡単で楽チンな仕事はありません。割り切ってしまえば、あれで給料がもらえるなんて最高です。

でも実際は「こんなの俺のやる仕事じゃない」などと独りブツブツ不満を垂れています。

やはり、どの環境にいてもストレスは付き物。お金はいつまでたっても貯まりませんが、ストレス貯金は常に満杯です。

晴れの日曜日

朝から日本酒を飲んでヘベレケのお爺ちゃんたち。ご機嫌なのはいいですが、お願いだから新幹線で騒ぐのはやめてほしいんです。他の客の迷惑になりますから。それに万が一トラブルになるのが何より怖いんで。今日1日を滞りなく過ごせるか、きちんと目を光らせてないと危険な香りがプンプンします。  

周期

人生には巡り合わせというか、一定の波のようなものがあるのでしょうか。それにいくら抗ってもどうにもならないような、流れがあるのかも知れません。

私の人生は振り返れば6年周期で節目を迎えています。そう考えると、次の節目は来春。あと半年と考えると、短いようで長く感じます。半年のうちに何が起こるか分かりませんが、なんとか乗り越えよう。今夜、そんな決意を新たにしました。

なんだか世界で一番不幸な気がしてきました。ダメだ。自分を強く持とう。泣いても笑っても、あと半年。もし、節目が訪れなかったら?そんなことは考えません。

罵声

久しぶりにしょんべんをちびるかと思いました。残暑厳しい中、例のごとく汗だくになりながら取引相手との商談に臨んだのですが、こちらの提案に相手が激昂。机に手をバンッ!と叩いて怒鳴られました。

そこまで無茶な話ではないのですが、私の言い方がまずかったのか、これまで不満を溜め込んでいたのもあるでしょう。様々な要因が悪い方に重なって、安全運転に努めていたのに対抗車線から突っ込んできた車とクラッシュした感じです。

私は冷静に努めましたが、相手が興奮状態にあったので、仕方なく平身低頭謝りました。別に悪いことをした訳ではないのですが、経験上、こういう時は正論をぶつのではなく、自分が悪者になることが解決の近道です。結果的に相手の怒りは収まり、商談は成立しなかったものの、逆に距離感が縮まったのは収穫でした。

とはいえ、いいトシした大人が怒鳴られると、さすがにへこみます。しばらくは心の動揺が収まりませんでした。少なくとも子供には絶対に見られたくありません。

ただ、こういう時は「また成長できた。僕は幸せだなぁ」と自分に言い聞かせるようにしています。そうしないと心が折れそうになるからです。

常に衆人環視され、批判を浴び続ける政治家はどんな心の持ち主なのでしょうか。相当打たれ強いのか、それとも全く聞いていないのか。とにかく、私はしがないサラリーマンでよかったなぁ、と実感しました。

騙すより騙される方がいい

だから私は損をするのだと分かっているのですが、天性のお人好しなんでしょうか。単なるバカなんでしょうか。今日も信頼した人に騙されました。と言っても、なんだか清々しいような、スッキリしたような気分です。

どこかで騙されてるのかなという予感はあったのですが、基本的に人を疑わない、すぐに信じてしまうタチなので、案の定、術中にはまった格好です。

でも、騙すより騙される方がいいですよね?騙されたけと誰を責めるでもなく、広い心で受け止める私ってビッグマン。そんな少し感傷的な自己満足心に浸るんです。心の中で赤トンボがススキの間を縫うように飛び交う情景が浮かんでいます。淋しいけど世の中丸く収まればいい、私が汚れ役になればいい、そんな思いがキンタマを締め付けるような不思議な感覚です。きっとドMなんでしょうね。

 

媚びるか否か

今日は面白い現象を目の当たりにしました。ある社内の会議に普段は出ないお偉いさんが出席すると分かった途端、いつもはダラダラと遅刻してくるような奴らまでこぞって開始時間前に着席したのです。しかも、エレベーターは満員なのに、乗り遅れまいとギューギュー詰めになって乗っていました。

私は余計に白けて、そのエレベーターには乗らず、ひとつ後のエレベーターに乗ったのですが、余裕で間に合いました。

まぁ、それはいいのですが、普段は斜に構え、上司の陰口を叩いているような社員も、そのエレベーターに我先に、と乗り込んだのが滑稽でした。私から見ても、今さらアピールしたところであんたは手遅れだ、と忠告してあげようかと思うようなラインから外れた社員もいました。

やはり、人間、権力には弱いんですね。お偉いさんは他本社から来た、全く面識のない人だったにもかかわらず、この有様です。

私は今まで仕事をするのは会社のため、ひいてはそれが自分のためになる、と思っていました。でも、本当に自分の出世のためだけに働いている人が多いということがよく分かりました。サラリーマンとしてはそれが正解なんでしょう。でも、私はどうしてもそのエレベーターに乗る気にはなれません。だから出世しないのでしょうが、自分を曲げてまで長いものに巻かれるのは御免です。自分の思う通り、信じた道を進もうと思います。それが、いばらの道であったとしても。

義足の足跡

報道ステーションのスポーツコーナーでパラリンピアンの佐藤真海選手を特集していました。感動的な東京五輪招致スピーチをした、義足の走り幅跳び選手です。

骨肉腫のため右足を切断し、一時は絶望の淵に立たされましたが、障害を受け入れ、前向きに生きている姿はとても眩しく感じました。現在は結婚して子供を育てながら、トライアスロンで東京大会を目指しているそうです。

「大切なのは持っているものであって、失ったものではない」

彼女がスピーチで訴えた一節は、私のネガティブな思考回路に強い電流を走らせました。前向きに生きる力、周囲を巻き込み、引っ張っていく力は凄まじいものがあります。

いつまでもクヨクヨしていても何も変わりません。運命を切り開くには、まず自分が変わらなければ。私も明日から生まれ変わったつもりでポジティブに生きたいと思います。