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しがリーマンの左遷万歳!

しがないサラリーマンのどこにでもある話

ボディーアッパー

一瞬、激痛が走り、声が出なかった。右ストレートを放った瞬間、ガラ空きになった右脇腹に相手の左ボディーアッパーを受けた。筋肉の付いていない肋骨の上を打たれ、クルリと相手に背中を向けてしまった。

今日は週1回のジムワーク。蒸し暑い上、昨夜は先輩に連れていかれてビールをがぶ飲みしたので、準備運動をしただけで汗が滴り落ちる。

小さなジムなので顔見知りが多いのだが、今日は初めて見るボクサーがいた。両拳にバンテージを巻きシャドーをする姿も様になっている。もう1組、初めて来たと思われる外国人女性の親子練習生がおり、彼女らを指導する姿から新しいトレーナーなのかとも思ったが、そうでもないらしい。後で聞くとアマチュアのリングに上がっていたそうだが、どの程度の実績の持ち主なのかは分からないままだった。

ただ、ミット打ちを見ていると、パワーがあることはすぐに分かった。特に左フックはミットを持つトレーナーが吹っ飛ばされそうになるほどだった。

そんな強打者からマスボクシングを申し込まれた。
マスボクシングとは相手にパンチを当てない、いわば寸止めのスパーリング。実戦に近い形式で相手との距離感やタイミングを養う。ただ、時としてパンチが当たってしまうこともままある。特に相手に打たれるとムキになって打ち返してしまうのは、負けず嫌いのボクサーの性だ。

40代の私より明らかに年下の彼は、私がパンチを打つたびに「ナイスジャブ!」「ナイスボディー!」などと誉めてくれる。息を切らせているオッサンだから仕方ないが、なめられてるな、と逆にカチンと来た。

2ラウンド目、私の右クロスが相手の顔面をかすめた。当てるつもりはなかったが、ジワジワと距離をつめながら放った相手の左ジャブにかぶせて打った右だった。

「ナイスパンチ」と例のごとく誉める相手の顔は少しひきつっているように見えた。その直後だった。相手の左ボディーアッパーが私の肋骨に突き刺さったのは…。

目が覚めた気がした。というか、少し嬉しかった。自分の弱さを思い知ることができたからだ。

毎日のように説教してくる朝令暮改部長が憎くて仕方なかった。仕事ができないのを人のせいにしていた。しかし、部長を含め周囲が気を遣ってくれているのも分かっていた。単に私が甘えていただけなのだ。

鏡の前でのシャドーボクシング朝令暮改部長の顔を思い浮かべてパンチを繰り出してもすぐに消え、私の顔しか見えなくなる。結局は自分に勝つしかないんだ。
ラスト30秒、初老の体にムチ打って、絶え間なくパンチを出し続けた。久しぶりに自分を追い込めた。これまでの私は言い訳ばかりして自分を甘やかしていたことに気付いた。

明日からは全部やる。どんな無理難題を吹っ掛けられても逃げずに取り組もう。
ズキズキと痛む右脇腹をさすりながら、そう思った。